全編母乳だらけの
短編集
「母性本能」
収録予定作品
「白い蜜の誘惑」
「売乳聖母」
「ママは乳房を含ませ
て」
「甘いおっぱい」
「母乳とろり」
「母乳ぴゅぴゅ」
「母乳コンパニオン」
書き下ろし短編
「白い雨」
冒頭部分のみ
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「白い雨」
内藤みか
<1>
新宿の街を二人並ん
で歩いた。
彼は、落ち着きなく、
私の後を、ついてくる。
まるで上京したばか
りの田舎の男の子のよ
うで、あちこちきょろ
きょろしているその姿
に苦笑した。
辺りの光景を無視す
ることなど、彼にはで
きないようだった。他
のホスト達は、たとえ
通りでケンカが起きて
いても、救急車が止ま
っていても、酔っぱら
いが何か叫んでいても、
全く動じず、視線すら
投げず、この歌舞伎町
を過ぎていくというの
に。
この男の子は新人で、
まだ入店三日目で、だ
から、何もかも慣れて
いなかった。
「すごい、朝からやっ
てるラーメン屋さんな
んてあるんですね」
「あ、あっちなんて、
二十四時間営業の居酒
屋がある」
ホストは営業が終わ
り、店を出てくると、
もう、朝になっている。
出勤してきたばかりら
しいスーツ姿の男もち
らほら通りを歩いてい
る。
仕事を終えて、飲み
疲れて駅に向かう黒ス
ーツのホストと、これ
から今日一日働くサラ
リーマンとが、靖国通
りの交差点ですれ違う。
そんな時間に私は峻太
郎という新人ホストと
歩いていた。
彼とアフターの約束
をしたのは、ほとんど
その場の勢いみたいな
ものだったと思う。
その日私は久しぶり
の自由時間で、羽目を
外したかったし、彼は
やっとホストのイロハ
が分かってきて、指名
客を欲しがっていた。
お互いのニーズが一
致したからこそ、こん
な簡単に私は若い男の
子と手をつないで歩く
ことができている。私
から彼の手を握った。
大きな手だった。峻太
郎はいやがらなかった。
客だから、とあきらめ
て、されるがままにな
っているのだろうか。
二十歳になったばか
りという彼は、どこか
何かが抜け落ちている
かのような、そんな荒
々しさがあった。
がっしりした体格、
ずっとラグビーをして
いたというハキハキと
した言葉使い。黒髪を
ワックスで逆立ててい
て、彼は、どこにでも
いるような、性格の良
さそうな青年だった。
だけど、好青年だから
といって、ホストとい
う世界でやっていける
わけではない。何か、
そう、彼は何か、大事
なものが欠けている。
私はそう感じた。大勢
いる同じような背格好
のホスト達の中で、彼
だけに異質なものを感
じていたのである。
私はシングルマザー
だった。
女手ひとりで、二歳
の娘を育てている。今
週は実家の母親が手伝
いに来てくれているの
で、娘を親に預けて、
友達と遊んでくる、朝
帰りするかも、と私は
外に出た。母親は子持
ちのくせに、と呆れて
いたけれど、黙って出
させてくれた。私が毎
日、休みなく娘の面倒
をみていることを母親
は知っている。だから
たまには遊んでらっし
ゃい、という温かな気
持ちだったのかもしれ
ない。
私が出かけたのがホ
ストクラブだったなん
て、母親は、知らない。
知っていたら、行かせ
なかったかもしれない。
私だってホストに足
を踏み入れるのは、久
しぶりだった。どうし
ても誰か、男の人と話
をしたかった。ただ、
それだけだった。
夫とは、夫の浮気が
原因で別れた。編集者
で、徹夜の多い仕事だ
った。てっきり仕事で
帰りが遅いのだと思っ
ていたら、会社の同僚
の女性と不倫していて、
彼女に子どもができた
から別れたい、と切り
出された時には、呆れ
て声も出なかった。
「私にも子どもがいる
のよ? うちの子のこ
とは、どうなるの!?」
そう喚きたかったけ
れど、すべての言葉を
飲み込んだ。だってそ
れだけが別離の理由で
はないということがわ
かるから……。
ただはっきりしてい
るのは、彼が私と離婚
したいという事実だけ
だ。だから私は黙って
判を押した。もちろん
娘の養育費付きで。離
婚したいという夫と一
緒に暮らし続ける屈辱
よりも、貧しくとも静
かに母娘二人で生き抜
く道を選んだのだった。
幸いにも友人がIT
系の企業に勤めており、
データ入力の内職を私
に紹介してくれた。出
版社に勤めているいと
こも、テープ起こしの
仕事を私に回してくれ
た。だから二歳の幼子
を抱えながら、自宅の
パソコンに向かって、
なんとか二人が食べて
いけるほどの仕事を続
けていけた。
毎日都心まで通勤し
なくてはならないよう
な事務仕事だったら、
とても続けていけなか
ったかもしれない。娘
は風邪をひきやすく、
しょっちゅう熱を出し
ては保育園を休むので、
そのたびに仕事を休ま
なくてはならない。職
場でも白い目で見られ、
居づらくなったことだ
ろう。
在宅ワークはひとり
で部屋でパソコンのキ
ーボードを叩いている
だけだったので、とて
も自由だった。けれど、
とてもさみしい仕事だ
った。話し相手はいな
かった。仕事について
質問事項が出てきても、
メールでやりとりする
ので、取引先と電話で
話すことすらない。
話し相手は、まだ会
話もおぼつかない二歳
の娘だけだった。
人間の大人と話をし
たい……。
ずっとそういう欲求
を抱えて生きてきた。
離婚して、半年が経
った。
娘は保育園に慣れて
きて、友達と夢中で遊
んでいる。私が夕刻に
迎えに行くと、いやだ
いやだとなかなか帰り
たがらないほどだった。
別れた夫からは定期
的に養育費が振り込ま
れる以外は没交渉だっ
た。
私は、さみしかった。
友人知人は気づかっ
てくれたけれど、飲み
に行こうと誘ってもく
れたけれど、小さな娘
がいるので、夜遊びも
できない。引っ越した
小さなマンションには
娘のおもちゃがたくさ
んちらばっているし、
人を呼べるほどの広さ
もない。
どんどん没交渉にな
り、娘と閉じこもりが
ちだった最近の私の話
を、夜遅くに延々と聞
いてくれる場所……。
そんな場所、ホスト
クラブしか思いつかな
かったのだ。
女子大生時代、バイ
トでホステスをしてい
たことがある。そのと
きに何度かホストクラ
ブに連れていってもら
った。もう五年ほど昔
のことだけれど、でも
きっと大して変わって
はいないだろう。
静かに飲んだりおし
ゃべりしていたい時に
は、ホスト達はそれに
付き合ってくれた。
ずいぶん久しぶりに
夜の歌舞伎町にやって
きた私は、ただ、グチ
を聞いてもらいたいた
めだけに、ホストクラ
ブのドアを開けたのだ
った。
・・・続きが気になる
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全編母乳だらけの
短編集
「母性本能」
太田出版より
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