内藤みかのエッセイ文庫、
「奥様は官能小説家」
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<ゲロすらも小説に>


 私は三回妊娠したこ
とがある。
 二回は息子と娘の時。
そしてもう一回は流産
した時。
 そしてどの妊娠の時
も、ものすごいつわり
で倒れ、十キロ以上痩
せて長期入院した。
 どうもつわりがひど
い体質らしい……。何
も食べられず、飲めず、
何か無理矢理口にして
も全部リバースしてし
まう私は、医者に全て
の飲食を禁じられた。
なぜならば、
「おつり(ゲロについ
てくる胃液)があるの
で、吐くとますます痩
せてしまうから」
 だという。一日六本
もの栄養点滴をしなが
ら、生きながらえるし
かなかったのだが、そ
れでも三十分おきにゲ
ロゲロと胃液を吐き、
どんどん痩せた。
 三回目の妊娠の時な
んて、体重が十六キロ
も落ちた。四十九キロ
あったのが、三十三キ
ロにまでなって、トイ
レに行くとお尻の骨が
当たって痛いほどであ
った。
 しかし、締め切りは
待ってはくれない。
 三回とも、新聞連載
や週刊誌連載を抱えて
の入院だった。
 まだ体力がある時は、
ベッドに寝そべりなが
ら原稿をパソコン入力
し、看護婦が来るたび
に画面を慌てて消した
りしていたが、だんだ
んと弱ってくると、頭
を上げることすらムリ
になり、オットに電話
をして、口述筆記で入
力をしてもらっていた。
 二十四時間船酔い状
態なのに、エッチな気
分になれるわけがない。
 だが無理矢理エロ気
分にアクセスした。我
ながら、プロである
(拍手)。
 口述筆記の時も、句
読点まで気をつかい、
夫に指示を投げた。
 最後の一行『その時、
真奈美は、高い声を上
げて、果てた』を、
「そのとき、てん、ま
なみは、てん、たかい
こえをあげて、てん、
はてた、まる。はてた、
はかじつのか。以上。
原稿終わり……」
 そう伝え終えた瞬間、
気を失ったことも、あ
る。
 普段は私の仕事には
ノータッチで、手伝い
もしなければ関心もな
いオットだったが、そ
の時ばかりはよくやっ
てくれた。まあ、私が
稼がなければ、成り立
たないような生活をし
ていたせいもあるだろ
う。
 一人目の時は、オッ
トは性欲の虜で、自分
の射精欲を優先してい
たこともあった。
 入院直前まで、私が
具合が悪かろうがゲロ
直後であろうが、交尾
してこようとしたこと
もある。しかしぎしぎ
し腰が打ち合わされる
たびに、こみあげてき
て吐いてしまうので、
すぐに挿入禁止となっ
た。
 セックスレス状態に
なった彼はひどく不服
そうだったが、私は性
欲どころじゃなかった
のだから、仕方がない。
 気の毒なオットは、
私の原稿を入力しなが
ら、
「えへ……ちょっと、
勃起しちゃった……」
 などと呟きつつ、
「“にくけい”って何
だ? 食べる“肉”に
植物の“茎”? ハー、
いろいろ表現も大変だ
ねー。はい、肉茎、っ
と」
 と、毎日毎日口述筆
記を手伝ってくれた。
 きっと彼は、私との
電話を切った後、編集
さんにメールを送信し、
こっそりオナニーでも
したことだろう。その
時は、打ちこんだばか
りの私の原稿がオカズ
になったはずである。
というか、そうじゃな
いと、官能作家として、
ちょっと、虚しい。
 それにしても私にと
って、つわりは大敵で
あった。
 つわりが治るためな
ら、もう、何でもやっ
た。
 ハリがいいと聞けば
ハリを打った。ぐさッ
とされた瞬間は痛さの
あまりゲロを忘れたが、
すぐにまた吐き気は戻
ってきた。
 梅干しを手首に貼る
といいと聞けば、梅干
しを貼った。しかし梅
干しの臭いでまた吐い
た。 よくわからん電
気ツボ押し機三万円を
買ったこともある。し
かし、痛くて熱いだけ
だった。SMプレイく
らいにしか使えないと
思う。やらないけれど
(苦笑)。
 その他、お灸セット
三千円、操体という体
の歪みを取る施術を受
けるのに二万円……。
 治ると聞けば、金は
惜しまなかった。
 これを食べれば治る
と言われて、青汁、ご
ませんべい、玄米粥、
何でもやった。そして
ことごとくそのまずさ
や匂いで吐いた。
 とにかく、私にとっ
て、最悪の百日間であ
った。つわりになって
百日ほど経てば呆気な
く治まるのだが、その
百日は、いつも、永遠
に来ないのではと思わ
れるほど、長い。
 だのに、三度目の妊
娠の時に入院した東京
市部の産院では、看護
婦にまで、気のせい呼
ばわりされた。 
「つわりなんて、気の
せいなんだから。具合
が悪いと思うから、具
合が悪くなるのよ」
 私が御飯の匂いがダ
メ、何も食べられない、
というのに、気のせい
呼ばわりされ、一週間
の入院中、出してきた
食事ときたら、しっか
り炊いた米の飯、たっ
ぷり油を使った唐揚げ
や天ぷらなどであった。
もう、見ているだけで
むぉッ、と吐き気がし
た。
 担当医に「おかゆを
出してください。それ
なら食べられるかも…
…」と頼んでも「どう
してご飯が食べられな
いんだ」と逆に叱られ
る始末。点滴もほんの
ちょっぴり水分を補う
程度しかしてくれず、
私はどんどん衰弱して
いった。
 昼食にカレーが出た
その日。あまりの匂い
に、出された直後にド
アの外にお盆ごと食事
を返し「ここを出よう」
と私は決意した。実家
近くの、よく知ってる
産院に戻ろうと思った
のだ。ふらふらになり
ながら、私は退院を院
長に願い出た。副院長
がなぜか、入院費を半
額にしてくれた。看護
婦は「どこに行ったっ
て同じなのに」と捨て
ぜりふをくれた。
 今でもあの仕打ちは
なんだったのだろう?
 とムカつくが、まあ、
無事に娘が産まれてき
たので、もういいや、
と思うが、いつか病院
モノ小説を書く時には、
あの看護婦を、絶対に
めちゃめちゃに犯して
やるゾ、とは企んでい
る(笑)。
 つわり体験でも、も
っとも面白かったのは、
最初の妊娠の時だった。
当時AVのレビュー記
事を書いていたので、
布団に寝そべって鑑賞
していたのだが、毎度
毎度、クライマックス
シーンで、女優が「イ
ク!」と叫ぶ瞬間、
「うっぷ!」と、なぜ
か私のゲロもこみあげ
てきてしまっていた。
どうも、感極まると吐
きたくなるようだ、と
わかり、つわりの神秘
をまたひとつ知った気
にもなった。
 そして私は、エロ作
家。転んでもタダでは
起きない。ツワリさえ
も、原稿料に化けさせ
る。 つわりゲロ官能
小説を発表してしまっ
たのだ。
 気持ち悪いだろうけ
れど、ちょっとだけ紹
介しておく……。


「うぁあ〜ッ!」
 かをりはこれ以上な
いほどに大きな口をあ
けて淫らに高みへと到
達し、次の瞬間に、唇
から水っぽい薄黄色の
液体を放出していた。
 ベージュのカーペッ
トに生臭い染みがびち
ゃ、と落ちた。(略)
「なんだコレ、胃液じ
ゃないか!?」
 田中が悲鳴をあげて、
後ずさりした。
(『甘い吐液』(日曜
研究社『日曜官能家』
収録)


 ……これは、他の編
集から「うちじゃ、あ
んな気持ち悪いの書か
ないでくださいね」と
念を押される大問題作
となったのだった(笑)
。

私の官能と育児との激
闘の日々、気に入った
ら、ぜひ、応援してく
ださいね!


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